カテゴリ:NY( 10 )   

【カーライル、ウォドルフ、 ピエールを経て、 このタワーに来たんだ】   

2017年 02月 23日
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〜ハワイから長文っ〜


※写真は本文とカンケーありませぬ。笑

いや、相撲部屋みたいな写真
アップして、
朝から大変びつれいいたしますっ。


ほんと、もう水着じゃなく、
廻しゆうとけ!

みたいな身体でございますが\(//∇//)\

ポンポン見せてすんませんっ。

2週間のこのハワイ旅もあと数日で終わり。

今日もいつもと同じように、
7時半にプールサイドに来て
プールスタッフとお話して
ハレクラニコーヒー飲みながら

午前中はダイヤモンドヘッドの真ん前の
プールベッドで毎朝の儀式。日焼け。

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はー。
ダイヤモンドヘッドの気が、すっごいわ。

午後からはオーキッズプール真ん前の
パラソル下でお昼寝。

そんなこんなで、
だいぶ焼けました。

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さてー。
話はかわって、
長文いきますっ。

ハワイにいるけど、
ちょっとこんな、NYの話。

みなさま、

「ペントハウス」って、
映画ご覧になったことあります?
だいぶ前の映画なんだけど、

この中で主人公のセリフが
印象的なんですよ。

最初は、マンハッタンの超一等地に建つ最高級ペントハウスを舞台に、

大富豪の住民たちと、

彼らの欲求と優越感を満たす、

ドアマンやコンシェルジュたちスタッフたちのホスピタリティ能力を競う物語かしらん?・・・

と思ったら、

ペントハウスの住人に着服された年金を取り戻そうと、

奮闘する使用人たちを描くクライム・コメディでありました。

映画のペントハウスのセットは、

コロンバスサークル、セントラル・パーク・ウエストにそびえる、

トランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワーの

最上階からインスピレーションを得たそう。

で、そこに住むだろうセレブなら、こういう絵画を選ぶよね、

ということで、セレクトされた芸術家たちが、

パブロ・ピカソ、フランシス・ベーコン、サイ・トゥオンブリー、

アンディ・ウォーホル。

いつか、ペントハウスに住むときの参考にしたいわね(ひーーー)

で、物語の中で、

これまで30年近く、

一生働いたお金を大富豪に騙し取られたドアマンが出てくるのだけど、

その彼のセリフに、ひゃーーーーーーとなつかしさで、

胸がきゅーーーーーんとなりました。

「僕はこれまでカーライル、ウォドルフ、ピエールを経て、
このタワーに来たんだ」

おおおおお❢

かつてNYでどの星よりも輝いていた、

これらの老舗ホテルたち・・

いや、カーライルはいまも大好きだけど。

この煌星のホテルたちは、

私に真のホテルライフの楽しさや、差別や(笑)

NYのソサエティをいっぱい教えてくれた。

1980年代後半から90年代にかけて、

NYに通いつめていたあの頃、

これらのホテルには何度も泊まりました(って自慢か?)

もういまではね、

誰もあんまり憧れないホテルだけど、

やっぱりあの頃のウォルドルフも、ピエールも、

その威厳は凄かったよ。

敷居の高さは、100メートルぐらいあったか(笑)

そこで働くスタッフたちは、みな、

アンティークの宝石みたいに磨きぬかれた、

いぶし銀のごときサービスで、

ゲストのレベルも桁違いだったな。

しかし、いちばん記憶に残っているのは、

マッカサーやJFKなどがかつて暮らしていたと言う、

ウォルドルフのタワーに泊まったときのことですね。

その当時は、

まだバトラーなんて言葉もほとんどの日本人は知らなかったと思うけど、

私の滞在中、ずっとお世話してくれた、燕尾服を着用した専任のバトラーが、

それはもう、貴族的なビジュアルで、

コーヒー入れてくださいな、というのもはばかれるような誇り高い佇まいで、

びびりました。

いったい彼は何者?

と、非常に居心地悪かったのですが、

あとでホテルのPRの人に伺って、びっくりよ。

その彼はスリランカの皇族の血を引く青年で、

将来ホテルを経営するときの勉強に来ているのだ・・・・と。

いやあ、得がたい経験でありました。

しかし、これら最高級ホテルの窓から

セントラルパークや5番街の風景を見ていると、

やっぱりアーウィン・ショーのこの言葉を思い出すよね。

というわけで、本日の名言はこちら。

【世界中の人達が死ぬ物狂いで働いて、
わずか10ブロックのこのあたりに、金をすてにやってくる】

いまはなき、泡立っていた頃のNYのお話です。

そして、わたくしも昨日、
なけなしのお金をはたいて
トランプタワーみたいに
聳えるルブタン買いました。

合掌。

by madamregina | 2017-02-23 03:57 | NY

NYからのうれしいメッセージ!   

2015年 01月 15日
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わたくしの大好きな街、

NYに帰国中の、

素晴らしいアーティスト、

Hugues R. Mathieuさんが

こーんな素敵なパフォーマンスアートを、

激写して、

送って来てくれましたっ。

1.Co.とはわたしのいちこももじって、

ヒューズ君がつけてくれたニックネーム。

なんとCo.はTiffany.Coからだとか(お洒落〜)

ヒューズ君は、

NYの
ロバート・デ・ニーロがオーナーのイタリアンレストランなどの
壁画も手がけた、
国際的アーティストなんです!


いやぁ、

まさか、

大好きな私の聖地ブロードウェイ、42丁目の電柱に(笑)

my nameが、

張り紙されるときが、来るなんて、

きゃー!


感激やー♡

一生の記念になりました。


うれしすぎますっ。




Hugues,

thank you so much for your awesome photos!

They are absolutely fabulous,

incredible!

Love these,


of course Icoca??

by madamregina | 2015-01-15 23:08 | NY

クリスマスのNYの思い出   

2014年 12月 15日

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まずはみなさまーーー


こちらのエッセイを読んでみてね。

もう何度かブログやFBでもUPしてるけど、

この時期になると、またどびつこく、UPするよーーーー。


何度も読んでるわよっ!という人、ごめんなさい。

良かったら、また読んで(笑)




ーーーーーーーーーーーー
クリスマスのNYをあなたは見てみたいと思う。
チケットを、買い、
とりあえず小さな荷物だけ持って、日本を発つ。
あなたは空が暮れなずみはじめたケネディー空港に到着し、イエローキャブを拾う。
車の窓ガラスに顔を押し付けるようにして、マンハッタンのスカイスクレーパーが浮かび上がってくるのをあなたはじっと待つ。
20分も走っただろうか。
クイーンズボロの手前まで来たとたん、マンハッタンの街がラインストーンのブローチみたいに目に飛び込んできた。
エンパイヤステートビルもクライスラーも、エセックスハウスもあなたがかつて映画やテレビで知っていたそのままの輝きだ。
44丁目のホテルに荷物を置くと、あなたは待ちきれないように、ロックフェラーセンターを目指して歩きはじめた。
カシミヤのマフラーをしっかりと首に巻きつけて。
12月のNYは想像していたよりずっと風が冷たい。
5番街の47丁目を左に曲がると、高い高いピラミッド型のツリーが見えた。
このピラミッドツリーはNY州サファーンから持ってきた
高さ75フィートのノルウェイ・スプルース(トウヒ)で、
冷たい空気の中で天使の涙のように輝いている照明は、
長さ約5フィートのワイヤーに取り付けられた7万8千個の電球だと、あなたはかつて常盤新平の本で読んだ一節を思い出す。
ロックフェラーセンターには世界各国からツーリストたちが集まって来ていた。
でも周囲を見渡すと、クリスマスの夜にたったひとりっきりで
ツリーを眺めているのは自分だけだということにあなたは気づく。
でも、それが決して不幸だと感じない自分自身にちょっとあなたは驚いている。
ーーーーーーーーーーー
これは30年近く前に私が書いたロックフェラーセンターのクリスマスのエッセイ。
読み返すといや、恥ずかしいし、
ぜんぜんうまくないけど、
なつかしいですな。
あの頃から60回ぐらいNYの街を訪れたでしょうか。
クリスマスシーズンのNY。
バーニーズやバーグドルフやブルーミーの飾り付けも最高に心ときめくよね。
各デパートともクリスマスならではの趣向を凝らしたショッピングバッグを作り、
それを3つも4つも抱えたニューヨーカーたちが足早に歩くミッドタウン。
ロンドンのクリスマスとは、比べ物にならないぐらいの賑わい。
いや。ロンドンももちろんHarrodsやセルフリッジの良さがあるけどね。
特にNYのクリスマスシーズンのデパートのコスメ売場は、きゃ。
キラキラした金粉に包まれているようで、うっとり綺麗な香水の瓶なんかを眺めていたりすると、
苦手な香水を何種類も吹きつけられたりするけど、
私は世界で一番クリスマスシーズンのNYが好き。
そして。
NYのクリスマス…と言って思い出すのは、
カーライルホテルの地下のベメルマンズBARで聴いた、ベティ・バークレーのライブです。
ベティ・バークレーは、ミュージカルCatsの娼婦猫グリザベラ役で、トニー賞主演賞女優賞を受賞したスター。
ロンドンの舞台で観た、ミュージカル、サンセットブールバードの彼女のノーマ・デスモンドは、そりゃすごかった。
幕があいて、冒頭で歌う
With One Look は、ドテッ腹に穴が、あくかってぐらい、観客全員がその瞬間、彼女にひれ伏したね。
カーライルのライブのときにはもう、その声量は、絶頂期を過ぎていたけど、
それでも、ピアノ演奏だけでメモリーを歌ったときは、悲しい娼婦猫、グリザベラの魂が乗り移ったかのように魂揺さぶる歌声を聴かせてくれ、涙が出た。
カーライルはね、NYでもちょっと異質の高級ホテル。
ロケーションは、マディソンのラルフローレン本店のすぐ隣り。
昔から政治家や映画スターのレジデンスとしても愛されてきた、
なんとも言えない、クラス感としぶい豪華さとインテリジェンスが振りかけられています。
その夜のベメルマンズBARには、アッパーイーストに住むリッチなご近所さんが、
ちょっとお洒落して、クリスマスの夜をゆったり愉しんでるという、そんな感じだった。
ベティと、同世代の60歳ぐらいのマダムや紳士たちが、
往年のスターを温かく見守り、インターバルには、ベティと親しげにお喋りする人たちもいて、そのくつろいだ様子が、実に自然で、
でも私には、アーウィン・ショーの小説のひとこまみたいに、かっこよく見えた。
そしてもうひとつ。
クリスマスのNYで、
いまも鮮やかに思い出すのは、
セントラルパークに面した、
ホテルプラザのエントランスで、真夜中に見た光景。
そう、SATCでキャリーが、ビッグと再会するシーンで、自分たちを
名作「追憶」のロバート・レッドフォードとバーバラ・ストライザンドの二人に、
オーバーラップさせて、
センチメンタルになる、あのHotelの前よ。
その夜、私は
ミュージカル、ジキル&ハイドを観て、サールディーズで、アフターシアターを楽しんだあと、
ステイしていたプラザにもどったのよね。
ちょうどそのとき、
Hotelの前に止まってた馬車に
タキシードに身を包んだ、金髪4人組の男たちが乗り込む場面に、出くわした。
これがもう、全員、びっくりするような、グッドルッキングな男たちっ。
たぶん全員が、ゲイ。
プラザのクリスマスパーティから、どこか他のパーティに出かけるのか、
みながシャンパングラスを手に持ち、
笛を吹いたり、
歌ったりしながら、
ブラックタイをゆるめ、
それは楽しそうに笑っていて、
彼らは、
銀のスプーンをくわえて生まれてきた、たぶんコネティカットの名門の出、みたいな育ちの良さそうな男の子たちで、
それはまるで、フィッツジェラルドの小説の登場人物みたいだった。
その翌朝、プラザのスイートルームで馬車の走る音で目覚め、
ベッドの上で、オレンジジュースにコーヒー、エッグベネディクトを食べながら、部厚い日曜版のNYタイムズをめくっていたのは、
実際の私だったのか、
かつて小説で読んだ一コマだったのか、
ときどき判別不能になるのも、
ま。NYを思い出す楽しみのひとつだったりしてね(えー?単にボケてるだけ?笑)
しかし、こんなこと書いてたら、
久々に、
ジェイ・マキナニーの
ブライト・ライツ・ビッグ・シティなんか、読みたくなってきた。
いや、J.D.サリンジャーのフラニーとゾーイーでも、いいけど。
あ、
スティヴンスンの、大雪のニューヨークを歩くには』でもええけどね。
【クリスマスのNY】

真夜中の超長文っす。

ーーーーーーーーーーーー

クリスマスのNYをあなたは見てみたいと思う。

チケットを、買い、
とりあえず小さな荷物だけ持って、日本を発つ。

あなたは空が暮れなずみはじめたケネディー空港に到着し、イエローキャブを拾う。

車の窓ガラスに顔を押し付けるようにして、マンハッタンのスカイスクレーパーが浮かび上がってくるのをあなたはじっと待つ。

20分も走っただろうか。

クイーンズボロの手前まで来たとたん、マンハッタンの街がラインストーンのブローチみたいに目に飛び込んできた。

エンパイヤステートビルもクライスラーも、エセックスハウスもあなたがかつて映画やテレビで知っていたそのままの輝きだ。

44丁目のホテルに荷物を置くと、あなたは待ちきれないように、ロックフェラーセンターを目指して歩きはじめた。

カシミヤのマフラーをしっかりと首に巻きつけて。

12月のNYは想像していたよりずっと風が冷たい。

5番街の47丁目を左に曲がると、高い高いピラミッド型のツリーが見えた。

このピラミッドツリーはNY州サファーンから持ってきた

高さ75フィートのノルウェイ・スプルース(トウヒ)で、

冷たい空気の中で天使の涙のように輝いている照明は、

長さ約5フィートのワイヤーに取り付けられた7万8千個の電球だと、あなたはかつて常盤新平の本で読んだ一節を思い出す。

ロックフェラーセンターには世界各国からツーリストたちが集まって来ていた。

でも周囲を見渡すと、クリスマスの夜にたったひとりっきりで

ツリーを眺めているのは自分だけだということにあなたは気づく。

でも、それが決して不幸だと感じない自分自身にちょっとあなたは驚いている。

ーーーーーーーーーーー

これは30年近く前に私が書いたロックフェラーセンターのクリスマスのエッセイ。

読み返すといや、恥ずかしいし、
ぜんぜんうまくないけど、
なつかしいですな。

あの頃から60回ぐらいNYの街を訪れたでしょうか。

クリスマスシーズンのNY。
バーニーズやバーグドルフやブルーミーの飾り付けも最高に心ときめくよね。

各デパートともクリスマスならではの趣向を凝らしたショッピングバッグを作り、
それを3つも4つも抱えたニューヨーカーたちが足早に歩くミッドタウン。

ロンドンのクリスマスとは、比べ物にならないぐらいの賑わい。

いや。ロンドンももちろんHarrodsやセルフリッジの良さがあるけどね。

特にNYのクリスマスシーズンのデパートのコスメ売場は、きゃ。
キラキラした金粉に包まれているようで、うっとり綺麗な香水の瓶なんかを眺めていたりすると、
苦手な香水を何種類も吹きつけられたりするけど、

私は世界で一番クリスマスシーズンのNYが好き。

そして。
NYのクリスマス…と言って思い出すのは、
カーライルホテルの地下のベメルマンズBARで聴いた、ベティ・バークレーのライブです。

ベティ・バークレーは、ミュージカルCatsの娼婦猫グリザベラ役で、トニー賞主演賞女優賞を受賞したスター。

ロンドンの舞台で観た、ミュージカル、サンセットブールバードの彼女のノーマ・デスモンドは、そりゃすごかった。

幕があいて、冒頭で歌う
With One Look は、ドテッ腹に穴が、あくかってぐらい、観客全員がその瞬間、彼女にひれ伏したね。

カーライルのライブのときにはもう、その声量は、絶頂期を過ぎていたけど、

それでも、ピアノ演奏だけでメモリーを歌ったときは、悲しい娼婦猫、グリザベラの魂が乗り移ったかのように魂揺さぶる歌声を聴かせてくれ、涙が出た。

カーライルはね、NYでもちょっと異質の高級ホテル。

ロケーションは、マディソンのラルフローレン本店のすぐ隣り。

昔から政治家や映画スターのレジデンスとしても愛されてきた、
なんとも言えない、クラス感としぶい豪華さとインテリジェンスが振りかけられています。

その夜のベメルマンズBARには、アッパーイーストに住むリッチなご近所さんが、
ちょっとお洒落して、クリスマスの夜をゆったり愉しんでるという、そんな感じだった。

ベティと、同世代の60歳ぐらいのマダムや紳士たちが、
往年のスターを温かく見守り、インターバルには、ベティと親しげにお喋りする人たちもいて、そのくつろいだ様子が、実に自然で、
でも私には、アーウィン・ショーの小説のひとこまみたいに、かっこよく見えた。

そしてもうひとつ。

クリスマスのNYで、
いまも鮮やかに思い出すのは、
セントラルパークに面した、
ホテルプラザのエントランスで、真夜中に見た光景。

そう、SATCでキャリーが、ビッグと再会するシーンで、自分たちを
名作「追憶」のロバート・レッドフォードとバーバラ・ストライザンドの二人に、
オーバーラップさせて、
センチメンタルになる、あのHotelの前よ。

その夜、私は
ミュージカル、ジキル&ハイドを観て、サールディーズで、アフターシアターを楽しんだあと、
ステイしていたプラザにもどったのよね。

ちょうどそのとき、
Hotelの前に止まってた馬車に
タキシードに身を包んだ、金髪4人組の男たちが乗り込む場面に、出くわした。

これがもう、全員、びっくりするような、グッドルッキングな男たちっ。

たぶん全員が、ゲイ。

プラザのクリスマスパーティから、どこか他のパーティに出かけるのか、
みながシャンパングラスを手に持ち、
笛を吹いたり、
歌ったりしながら、
ブラックタイをゆるめ、
それは楽しそうに笑っていて、

彼らは、
銀のスプーンをくわえて生まれてきた、たぶんコネティカットの名門の出、みたいな育ちの良さそうな男の子たちで、
それはまるで、フィッツジェラルドの小説の登場人物みたいだった。

その翌朝、プラザのスイートルームで馬車の走る音で目覚め、
ベッドの上で、オレンジジュースにコーヒー、エッグベネディクトを食べながら、部厚い日曜版のNYタイムズをめくっていたのは、
実際の私だったのか、
かつて小説で読んだ一コマだったのか、
ときどき判別不能になるのも、
ま。NYを思い出す楽しみのひとつだったりしてね(えー?単にボケてるだけ?笑)

しかし、こんなこと書いてたら、

久々に、
ジェイ・マキナニーの

ブライト・ライツ・ビッグ・シティなんか、読みたくなってきた。

いや、J.D.サリンジャーのフラニーとゾーイーでも、いいけど。

あ、
スティヴンスンの、大雪のニューヨークを歩くには』でもええけどね。

by madamregina | 2014-12-15 12:29 | NY

♫New York State of Mind♫   

2014年 06月 19日

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NYのこと書いてたら、

心底、NYが恋しくなってきたー。

私がはじめてNYを訪れたのは、

80年代半ばです(ひえええ、どんだけ前)

ジャマイカからの帰りに数日滞在したのが最初。

そのときイエローキャブの窓から見えた、

ながーいリムジンと、

そのすぐ前でゴミ箱をあさる、

ホームレスとの光景が、

ぜんぜん違和感なくて、

NYって街は最低と最悪が、

なんてうまく混在してる街なんだ、

びっくりしたね。

そして、

5番街のお約束、Tiffanyの前で、

エタニティリングを吸い付くように見つめる

疲れた風な、40代の主婦がいるかと思えば、

キャビアハウス「ペトロシアン」(いまはなき)では、

サクマのドロップみたいな巨大な宝石を、

5本の指全部にはめて、

シャンパンを飲みながら、

ベルーガのキャヴィアを、

まるで牛丼のように頬ばる、テキサスマダムがいたりして。

何度目かのNYで見つけた、イタリアンレストランは、

マフィアやセレブたちのリムジンが、

エントランスに、
ズラーっと連なる予約の取れないレストランだったけど、

そんなお店のプラチナシートで、

白トリュフのパスタとクリュグだけを、

おかわり連発で楽しんでた、

10代のカップルを見かけたりもした。

それまで、映画や小説でも見たことがなかった、

とんでもない人生を送る人たち。

目眩がしたね。

たくさんのニューヨーカーと出逢い、

たくさんの有名な人々も取材した。

セントラルパークのプラザホテルから、

ティファニーに向かう10ブロックほどのエリアに、

ダイヤモンドやシャネルのスーツが、

バブルの夢の結晶のように渦巻いてた、あの頃。

アーウィン・ショーは、

「世界中の人びとが死に物狂いで稼いだお金を、
わずか10ブロックのこの場所に捨てに来る」

と言った場所。

それからたぶん60回は訪れたNYだけど、

あれほど街がキラキラしていたのは、

あのときだけだ。

いや、もう、わたしの中で神格化しちゃった光景だったのかも。

そして、とうとう私は発病した。

猛毒のNY菌に。

あなたなら、どう?

某商社の人に連れて行ってもらったクラブで、

ブルース・ウィルスが、

タキシードを着て目の前のテーブルに座っていたとしたら?

そして、私に声かけてくれたとしたら?

「僕と踊りませんか?スイートハート」

え"ーーっーーー。

えーーーーーーーーーーーーーーーーっ。

マジか?

でも、でも、でも、

わたし、踊れない。

そして・・・

ブルースのダンスの誘いを断ったなんて、

あなたなら、信じられる?

わたしは、信じられませんっ。

あれはもしかして、幻だったのか?

といまも思うけど、

本当だったのよね。

その後もNY菌はますます、体中に蔓延し、

その猛毒な菌は、

今度はブロードウェイのステージ菌いう病名で、

私のお金と時間と、魂を、

ゾンビになるまで、蝕びました。

ああ、なんという、幸せなビョーキ。

好きなスターが出る舞台を見るため、

1、2ヶ月に1度、ひどい時には2度、3度渡米し、

ごはんもろくに食べず(食べても、42丁目のスバロのカットピザとかね)

昼、夜、昼、夜、まさにミュージカルに浸かりっぱなしだった日々。

職権を利用してw、

お気に入りのスターをインタビューすることもあったけど、

ほとんどが、ステージドアからステージドアを嬉々として

渡り歩き、

たまにドレスルームに呼んでもらったりした、

劇場に入り浸りだった、あの頃。

ああ、最高に幸せな時間。

当時、Tommy.と言うミュージカルがあり、

たぶん45回は鑑賞したな(アフォや)

その主役を演じたマイケル・サーベリスを、

フリンジという海外ドラマで、見つけたときは、

うれしかった。

怪しいけど、

インパクト大な役で出ていて、

涙が出たよ。なつかしすぎて。

デコっぱちは、

禿げ上がってたけど。

ま、このビョーキも、10年は続きましたか?およよ。

その後ロンドン、ウエストエンドへと、

そして我がマイケル君へと

移り変わったものの、

確かな処方箋もないまま、

仕事や私生活も犠牲にしまくって、

シアター病は、さらに活発化。

結局、

完治するまでに、20年かかりました。

いやしかし。

NY熱に侵されていたときの、

あの歓喜と熱狂と興奮の渦に巻き込まれる、

強烈な快感・・・・・!

おいらの人生の振り子の、天国と地獄、

歓喜と絶望の目盛りを振り切ってくれた、

あの時代のNYが、

いま、わたしが世界を見る上での、

原点になってるよね、たぶん。

ちなみに、
写真はAIDAが上演されていた頃のNY,

タイムズスクエアのTickts の行列です。

この頃、NJに泊まって、
毎日、相方が運転する、
レンタカーでマンハッタンまで通ってたんだ。

レストランとミュージカルの整地を巡礼するために・・・。

相方はNYの街を、イエローキャブのドライバーばりに知り尽くしていたけど、

マンハッタンってところは、

駐車場は高いし、みんなクラクション鳴らしまくるし、

車は混みまくってるし、

数ブロック走るだけで、

30分とか平気でかかるから、

NYでは、もう、2度と運転したくないらしい。

by madamregina | 2014-06-19 10:56 | NY

I hate but I love NY   

2011年 04月 29日
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レジィーナ ロマンティコ の

オーナーデザイナー、阪口元美社長の愛娘、

佳世ちゃんがNYに行って、ほぼ半月。

佳世子のNY日記」が最近のわたしのお気に入りですねんっ。

Easterのパレードや、

NYマダム御用達、超タカビー(だけど好き)なデパート、バーグドルフのことや、

その個性的なディスプレーの写真を見ながら、


はじめてのNYで佳世ちゃんが、感動するいろんな出来事に、

思わず、自分がNYを訪れた頃のこと、思い出しましたーーっ。

いやあ、もうかれこれ、NYは、50回ぐらい訪れたでしょうか?

なにせ、ヨーダのように生きながらえているとさ、

それぐらいになります。


これは何回目かな?

大好きなThe Pierreに泊まったときの写真。

もう、いまはピエールも、ホテルをやめて、

高級アパートメントになったのよね。一部屋欲しいーーーっ。

・・・と思っていたら、

リノベートしてちゃんといまもホテルとして活躍しておりました(すびばせんっ)

ご興味のある方は、HPご覧くださいませー。

The Pierre
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NYにはじめて行った頃、何が驚いたかって、

ニューヨーカーたちがほぼ黒ずくめのファッションだったことですわ。

なので、わたしも黒っぽい服装です。

しかし、なんか、カメラにらみつけてるよね。

怒ってるのかしらん?

目つきも悪いわよー奥様っ。


いやそれにしても。


NYは最高の刺激を与えてくれるし、

最高の夢も見させてくれるけど、

やっぱり、タフな街やと思います。



何度も恋して、何度も裏切られましたさかい(ひーっ)

アジア人に対する、いやあな、差別にも慣れました。

アメリカ人ってだから勝手よね。ほんと自分が世界の中心。

と何度もむかつきました。

某ホテルでは、お金をだまし取られたこともあったわたし(もういまはなきしょぼいホテルです)


そんなとき、よくチャイナタウンのMott St.とかに行くと、


チャイニーズたちは、そんなこと何だよ?大したことないよ。

といわんばかりに、がむしゃらにカラダをはって汗水たらして働いていて、

不思議と元気が出ました。



あるとき、何かでふさぎこんで歩いていると、

道端を根城にしている、ホームレスのお兄さんから、

「Smile! Baby」と言われて、

涙出そうなったこともあったわね。



当事はデジカメなかったし、なんか、あんまり写真を撮ってないのよね。

でもまあ、自分の旅行史のためにもちょくら、UPしときます。

どうってことない写真でごめんやすー。


いつごろの写真かも定かじゃないけどさ。


上)ビリージョエルがかつて披露宴(何回目?)をあげたという、
NJのWedge Waterに取材に行ったとき、桟橋から。

なんか、だいぶ前なのに、わし、おばはんチック(痛)

中)そのへんのカフェで。


下)近代美術館で(たぶん)


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(左)名前も忘れた、予約の取れないレストランで(美味しくなかった)

当事、ミシュラン、ZAGAT、ゴーミヨのトップ10レストランの扉を開け続けていたときで、

NYのレストランのプラチナシートに座ることを、人生の目的にしていた、

わたしの愚かなNYレストラン狂時代。


昼夜、とフレンチに突入したりして、とにかく、デブってます。(ひーっ)


(右)いまも大好きな、ブルックリンのステーキハウス、ピータールーガーに入り浸ってた頃。


(下)大好きだった、イタリア系グロッサリー。

いまはなき、伝説のバルドゥーチで生ハムとパルメジャーノレジーノを買うわし。

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で、レストラン狂時代の後にやってきた、

Broadway ミュージカル狂時代

左)B'dwayの広告とわし(何のPlayだったのかしらん)
右)Duan Stあたり(たぶん)
下)Long Israndのサマーハウス


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引き続き、NYミュージカル狂時代。

上)当事、ハマりまくっていて、マジで、45回は観た、
Jekyll&Hydeのスター、ロバート・クチオリと。

クッチー、いまはどうしてるのかしらん?

(しかし、わたくし、もはやイノブターーーー)

This is the MomentはいまもB'dWay史上に残る、
クッチーの名演だったと思います。


下左)ジキルの看板の前で記念撮影。

下右)Rent、オープニングから1週間目。
アダム・パスカルーーーーーっ。
かっちょよかった。

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とういわけで、

醜い写真、失礼いたしましたあああっ。





それにしても、佳世ちゃん。

いっちゃんも、思い出しましたよ。

バーグドルフのシーンの数々。

パークアヴェニュープリンセスたちの気取ったファッションや、

最上階のセール会場。ドレスも大安売り!

紳士淑女が集う、プライベートサロンのようなカフェや、スパ。

佳世ちゃん、バーグドルフでパーソナルショッパーたちの

お洋服、チェックしてきてねー。

そしてカフェでは午後のお茶をガールフレンドとぜひ。

あ、お買い物をすれば、お家まで届けてくれるかもよ。


わたしは、当時携帯を持っていなかったので、

よく、バーグドルフで、お電話お借りしました(ひーっ)

もちろん、国際電話じゃないですが、

スタッフのみなさま、お買い物しなくても、快く、お電話貸してくださったっけ(あつかましーよね)



ほんとに、いろいろあったNY.

好きとキライの感情がいまも、渦巻いておりますが、

やっぱり。

I hate BUT I love NY


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by madamregina | 2011-04-29 15:35 | NY

もうすぐ帰ります。   

2005年 03月 11日
今雪の中のボストンです。

ひえええ、もう寒いのなんの。

1分も歩けば、氷像と化しそうなぐらい強烈にさむーい。

日本はもうすぐ初夏のような陽気だとか。



NYから離れて、お買い物熱も冷めたと思いきや・・・。

懲りない松澤小うさぎは、日々ショッピングにせいを出しております。

といっても、ぜーんぜん大物はなし。

80ドルのバッグをセールで10ドルで買ったり。



今日はボストンの友達の家におよばれでした。

彼女たちは来週ブリティッシュバージンアイランドに

バケーションに行くとか。

大きなクルーズを借り切って、1週間、

セーリングとシャンパンと日焼け、スノーケリング、のんびち釣り・・

なんて日々らしい。

泊まるのはクルーザーの中で、船内には革張りのソファや

ゴージャスなベッドルームも完備、もちろん、キッチン、バスも。

これで2人で1100ドルって聞いて、

来年のバケーションはヴァージンアイランドに決定。

ああああ、寒いのいやだ。

南の島に行きたいよー。



でも3週間の今回の旅も明日でおしまい。

明後日ボストンのローガン空港を出発。

13日に帰還であります。

by madamregina | 2005-03-11 22:32 | NY | Comments(0)

隣りに座って!シャンペンな男   

2005年 02月 20日

明日から、またNYです。
今回は関空からの便が取れなくて、
名古屋新空港からっす。

朝6時起きで新幹線に乗って名古屋ってどうよ?
現地で仕事する前からもうくたくたやん。
せめて、機内で、
シャンペンな男に出逢えますように!
ほにゃら、
行って参りま~す!

by madamregina | 2005-02-20 21:30 | NY | Comments(0)

我がNYのレストラン狂時代   

2005年 02月 05日

日頃は11時ごろまでベッドでぐだぐだしてる

なまけものの私ですが、NYでは非常に規則正しい生活ざんす。

今日なんか、朝6時に目覚めたわ。

6時半ごろから、やっと

セントラルパークも目覚めてプルシャンブルーに染まりだします。



昨日、食べにいったジョーズ上海は最悪だった!

チャイナタウンにあるお店は美味しかったのに。

クライアント連れていったのにさー。

面目丸つぶれじゃないっすか?

みなさま、申し訳ございませんでした。



実はトライベッカのブーレーを予約してたんだけど、

なんかもう、3時間かけて(ここはそれぐらいかかる)フレンチ

食べるのもなんだかなーと思ってキャンセルしたのが、

間違いだったわ。

まお値段は天と地の差があるけどね。



ブーレーといえば思い出すのは、ZAGATでぶっちぎりの

快進撃を飛ばしていた90年代だ。

この店の予約を取るのはローマ法王に会うより困難とされていて、

私は、ブーレーのプラチナシートをゲットすることを

マジで、人生の全ての目的!とさえ信じていたことがあったぐらい、

死ぬほど魅惑的な店だった。

(なんちゅーアホでしょうね。あの頃は胃も元気でした)

夜中の12時過ぎに、ブラックタイとソワレの美しいカップルが

食事に来るような店でした(そんな時間しか予約取れなかったから)



日本から予約の電話をするといつもビジー状態。

繋がっても「ホールドオン」といわれて、国際電話なのにさー。

でも切れません。こんどいつ繋がるかわかんないから。

このラインだけが生命線って感じで受話器握り締めてたわよ(って大袈裟)。

後半はオーナーシェフのデビッド・ブーレーと

(NYタイムズが「彼は神だ」とたたえたNYNO1のスターシェフ)

仲良くなって、キッチン直通の電話を教えてもらったけど、

いつもいっそがしい時間に「デビッド、予約を取って」と言われるのは

さぞかし迷惑なことだったに違いない。

でもデビッドはいつも和やかで優しくて、だからブーレーの料理には

彼の人柄がそのまま出ていて、食べる人すべてをシアワセにしたんだろう。





やっと予約が取れたある冬の日、その日はあいにくの大雪で、

マンハッタンの交通網さえ麻痺しそうな悪天候。

50センチほど雪が積もって、車で前まで行っても、

長靴はかなければ、歩けないってほどの雪。

きっとブーレーもキャンセル続出だろうなーと思って

古びた木のドアを開けて入ると、すっごい喧騒。

ふだんはクールなメートルのドミニコが

「一組のキャンセルもなかったよ」とめちゃうれしそうな顔してたのも

印象的。

私も、バーニーズで買ったドレスでお洒落してたけど、

足元は長靴・・・。



ここではいつも

男も女も着飾って映画のようなシーンを繰り広げてました。

それにしてもあの頃のブーレーはほんとに夢のように美しかったわ。

ティファニーのブルーの箱やキスや涙や、

ケンカや愛があちこちのテーブルで飛びかっていて・・。

食事の途中で言い合いして、泣きながら席を立った女の子がいたり。



ニューヨークの恋人たちはここでドラマを作ってたっていう、そんな店。

いまのNYは好景気で新しいレストランも続々出来てるけど、

あの頃のブーレーのような店はもうない。

それに、いま新しく生まれ変わったブーレーにさえ、あの頃の面影はない。

ちなみに2005年のZAGATではベルナルデンが王者に君臨してます。

ティム&ザガット夫妻が好きなフレンチだから、まあ、しょうがないのかな?



朝食ミーティングまで時間があるので、思わず昔の思い出に

浸ってしまった私です。



それにしても、昨日逃したマノロは大きかった。

ああああ、あの靴さえあれば、パーフェクトだったのにぃいぃぃ。

by madamregina | 2005-02-05 00:47 | NY

NYは今日も快晴です!   

2005年 02月 02日


朝目覚めてカーテン明けると、
ゴージャスなセントラルパークが見えるっていうのも
なかなかいいっ(笑)
私がいま泊まってるのは、
プラザのroom821。
おそらくNYで最も美しい眺めを持つ部屋のひとつでしょう。

でも、このホテルももうすぐ幕を閉じる。
めちゃお金持ちのなんとかって人が(忘れた)
このホテルを買い取り、一部屋30から40億っていう
NYはじまって以来ぐらいの高級レジデンスに
建て替えるらしいです。

7年前ぐらいにここにとまったときも、
すでにサービスの衰えやなにやら悪い「気」が
たちこめて気になってたけど、
やっぱりホテルとしての営業をやめることになった。

でもプラザといえば、華麗なるギャッツビーや
追憶や、映画の舞台としてはNYでおそらく
最も数多いロケ記録を持っているホテル。

追憶のハベルとケイティを真似て
SATCのキャリーがこのホテルの前で、
あいつと別れた場所のモニュメントもここから
見えます。

このホテルは
かつてJFKとマリリン・モンローが密会してたり、
フィッツジェラルドも大好きだった。
ブロードウエィの劇作家たちが
その舞台の成功を祝ったレストランもある。

ジョンとヨーコが好きだったオイスターバーの
セントラルパーク沿いの窓際の席。

2月いっぱいで、そんな思い出も取り壊されてしまう。
サミシイです。

気にあるのは、
湯水のごとき成金趣味で飾り立てられた天井やはりや
由緒ある家具たちはどこへ売られていくんだろうーってこと。
出来れば、この部屋にあるチェスト、
私ちょっと欲しいんだけど。
それとスワロスキーのシャンデリアも。
安く譲ってもらえないかしら?

窓から見えるセントラルパークは息をのむほどきれいです。
NYは今日も快晴。

by madamregina | 2005-02-02 23:27 | NY | Comments(0)

今日もNYは快晴です!   

2005年 02月 02日

朝目覚めてカーテン明けると、

ゴージャスなセントラルパークが見えるっていうのも

なかなかいいっ(笑)

私がいま泊まってるのは、

プラザのroom821。

おそらくNYで最も美しい眺めを持つ部屋のひとつでしょう。



でも、このホテルももうすぐ幕を閉じる。

めちゃお金持ちのなんとかって人が(忘れた)

このホテルを買い取り、一部屋30から40億っていう

NYはじまって以来ぐらいの高級レジデンスに

建て替えるらしいです。



7年前ぐらいにここにとまったときも、

すでにサービスの衰えやなにやら悪い「気」が

たちこめて気になってたけど、

やっぱりホテルとしての営業をやめることになった。



でもプラザといえば、華麗なるギャッツビーや

追憶や、映画の舞台としてはNYでおそらく

最も数多いロケ記録を持っているホテル。



追憶のハベルとケイティを真似て

SATCのキャリーがこのホテルの前で、

あいつと別れた場所のモニュメントもここから

見えます。



このホテルは

かつてJFKとマリリン・モンローが密会してたり、

フィッツジェラルドも大好きだった。

ブロードウエィの劇作家たちが

その舞台の成功を祝ったレストランもある。



ジョンとヨーコが好きだったオイスターバーの

セントラルパーク沿いの窓際の席。



2月いっぱいで、そんな思い出も取り壊されてしまう。

サミシイです。



気にあるのは、

湯水のごとき成金趣味で飾り立てられた天井やはりや

由緒ある家具たちはどこへ売られていくんだろうーってこと。

出来れば、この部屋にあるチェスト、

私ちょっと欲しいんだけど。

それとスワロスキーのシャンデリアも。

安く譲ってもらえないかしら?



窓から見えるセントラルパークは息をのむほどきれいです。

NYは今日も快晴。

by madamregina | 2005-02-02 00:43 | NY