カテゴリ:男と女の話( 3 )   

そこまでする値打ちのある男か?!再び〜   

2014年 10月 23日


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えーっと。

先日行われた、レジィーナロマンティコのチャリティパーティについてのレポも、「

書きたいのですが、

写真が膨大で、いま整理中。

その合間に、こんな話しなど・・


恋に関する話し、真夜中の長文です(笑)





今日、何気なく、仕事しながらテレビをつけていたら、

綾瀬はるかの「今日は会社休みます」をやってて、

はるか演じる、OLが、
社内の年下の男の子とはずみで一夜を共にしてしまって、

その彼からのメールをどっきどきしながら、

待つ場面を見ながら、

いやあ、あんな恋をしていたのは、

いったい何年前のことだったっけ?

とすっごくなつかしくなりました〜(笑)

でもこのドラマではね、

年下の彼にメールを送っても、
結局翌朝にしか返信がない。

これって私なら、もう、見込みないよね、

と思う。

その返信も、

「メールに気づきませんでした。」みたいな一文で、


ぜったいこいつ、おかしいだろう(笑)

よほどの事情がない限り、気づくよ。メール。

しかも、恋のはじめの頃ですからっ。

深入りしちゃ、あかん男ってわかるよね、普通。

さらに、この年下の男は、

はじめてご飯食べに行ってお勘定のときに、

「あ、僕財布忘れた・・・」

ってどない?(笑)


以前、誰か恋愛研究家みたいな人が、

男が自分をどれだけ愛してくれているか、のバロメーターは、

「自分のためにどれだけの時間とお金を費やしてくれるか」

みたいなことを言ってて、

ま、それがすべてじゃないけど、一理あるなと思いました。

年下の彼でも、ご飯ぐらいはご馳走してくれる男気が欲しいよね。

それが中学生や高校生の男子ならわたしご馳走してあげるけど(笑)



でも、誰かを好きになって、きゅんとする気持ちはいつだって、
プライスレス。

それを思い出させてくれる、ドラマではありました。

この「きゅーん」が、
自動販売機で売ってるなら、すぐにでも買いたい(笑)

わたしがきゅんとするのは、

現実の世界の人じゃなく、スターですから。

スターに恋するのは、せつないよね(涙)

って、またそこか?!(笑)


ちなみに、写真は、

そのスター、

マイダーリン、Michael Ballのレコーディングの風景よ。


彼がリーディンググラスをかける日が来るとはね〜。



数年前、10月にイギリスのChichesterというところに、

Sweeney Toddの舞台を観に行ったんだけど、

そのとき、

運良くインタビューも出来て、楽屋にお邪魔したんだ。


ドアをあけて、ドレッシングルームに入ると・・


マイケルはベッドの上に腰掛けていて、


(彼はツアーのときでも、いつでも寝れるよう楽屋にベッドを置いております)

iPadを触ってました。


そのとき、はじめてマイケルが老眼鏡をかけているのを見たの。

ああ、20年近く前、はじめて会った、あの若い頃のマイケルが、

老眼鏡が必要な年齢になったのね・・・と

感慨深かったよ。


マイケルは私が楽屋に入ってきたのを知って、

そのメガネをなんだか恥ずかしそうに外して

(きゃーーーーーーっ萌死)

一瞬にして自分の世界の顔からパブリックの表情を作って、

「おお、よく来たね」


立ち上がって、挨拶のキスをしてくれました(あうっ)

楽屋でふたりきりでこんな近い距離で彼に会うのは、

たぶん、11年ぶりでした。



ベッドにマイケルが座って、

わずか20センチほど前のチェアに私が腰掛けるという

こんなシチュエーション、誰が想像した?

ひええええええええええええええーっ。

おいら、もう、息は完全に止まってました。



脳内、しびれまくり・・・というより、思考能力ゼロ。


あばばばばーーーーーーーと言葉も出なかったよ。


この瞬間のために、オレは生きてきたのか!とはっきり思ったね。


しかし、あれから月日は過ぎて・・・・


だんだん、あのときの恋心も消えかけて、

あろうことか「ここまでして、あいつに会いにいかねばならんのか?」

という考えが、もたげてくるわけでありますよ。


正直、マイケルへの恋の火、風前の灯火(ええええーっ?!)

うーん。また、我に返ったな、おれ。

これはわたくしの、恋の哲学なのですが、

人間、恋したら、溺れてなんぼ、なんであります。


この人のためなら、この恋のためなら、

いま持てるすべてをすてられる・・という錯覚を、

一瞬でも持つってことでありますよ、奥さん(笑)



よって、Londonに行く費用のことや(いや実際頭イタイけど)

どーせあんなスターを好きになったって、見返りはないしな・・

なんて、我に返った時点で、アウト。

恋という桃源郷から、現実の世界へ引き戻されるわけよ。

だから、恋してて、我に帰ったら一貫の終わり。

甘い夢は、あっという間に砕け散る〜。

そして、マイケルはわたしに惚れられるだけの男なん?

そこまでするだけの値打ちのある男なん?

などと考えた日にはもう、救いようがないわけで・・・・・。


こんな風に、つくづく、自分の片想いが、無駄だったかも・・と思えたとき、

わしは、アニー・エルノーのこの言葉を思い出すんである。


というわけで、読んで〜ーっ

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【そこまでするだけの、値打ちのある男か?】





友達が失恋して泣いていたり、

恋の渋滞に巻き込まれて途方に暮れていたりすると、

私はすぐに言ったもんです。

「ちょっと!あんな男、あんたが好きになる値打ちもないわ」



もちろん、これは自分の恋にも向けられるわけで。

こんなに好きになってよー、

あんなやつ、私に惚れられるような値打ちのある男かい?・・・。


いや、これこそ負け犬の遠吠えなんですが、

そうやって、何度苦し紛れにこの棄てセリフ吐いてきたことか。



それは、もちろんおいらのバカったれなる追っかけ人生にも向けられます(ひーっ)



いやしかし、正直なとこ、

自分が惚れた相手が、

社会的、人間的に値打ちがあるかどうかなんて、

実は、どうでもいいことなんすよ。



ようは、誰かを好きになることで、

そこから見えてくる世界にこそ意味があるのよねん。

その男の実際の価値なんて考えることすら、ナンセンス。





私にとって大切なことは、

その男やそのスターを愛することで見えてくる、

これまで知りえなかった自分自身や、知らなかった世界と巡り合うこと。



私の恋愛のバイブルともいえる、

アニー・エルノーの「シンプルな情熱」にもそんなくだりがある。

不倫の恋をしていた主人公が、男と別れたあとに

自分の火の玉のような情熱を思い返して、語るところ。




『そこまでするだけの“値打ち”が彼にあったかどうかを問うのは、

いうまでもなくまったく意味のないことだ。

彼がいてくれたからこそ、私は自己を他者から分離している境界に接近し、

時折その境界を超えるようなイメージさえ抱くことができたのだ。



私は人がその気になれば、どんなことを仕出かし得るか、

何でもやりかねないのだということを発見した。

崇高な、あるいは致命的な欲望、みっともない振る舞い、

あるいはまた自分自身がそれに頼ったり、訴えたりすることになるまでは

他人事として見て、およそばかげていると思っていたある種の信心や行動・・・。

彼は彼自身の知らぬ間に、私を以前より深く世界に結びつけてくれた』



そうなんです。

人を愛するとということは、より深く世界と結びつくことー。






おいらの愚かなる追っかけ人生も、一応、

そういう風に意味づけとこっ。

by madamregina | 2014-10-23 00:55 | 男と女の話

飯倉のキャンティで・・・   

2014年 04月 20日

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これは少し前に書いたブログの文章なんですが、

昨日、ある女性誌を見てたら、

飯倉のキャンティのマダム、川添梶子さんについて

書かれたエッセイがあり、

思わず、若いころ、キャンティに通い詰めていた、
森瑤子さんのこと、思い出しました。

キャンティは1960年にオープンした、伝説のレストラン。
みんな、一度は聞いたことあるよね。

キャンティを一発であらわすのは、
かまやつひろしさんの、
この言葉。

『ふと見ると隣の席では、
フランク・シナトラやマーロン・ブランドなんかが食事してる。
僕ら若憎は震えながら挨拶し、いろんなことを教わった。
それはあたかも、真夜中の学校のようだった』

これはキャンティの30周年を記念して、書かれた
「キャンティ物語」(野地秩嘉著)
の推薦文から。

伊丹十三も、三島由紀夫も、加賀まりこも、
安井かずみも、ユーミンも荒井由実時代、
最年少で、ここに通った一人。

映画監督、作家、音楽家、デザイナーなど各界の文化人が交流した、
Parisのモンマルトルの「クーポール」みたいな、カフェだったのかなぁ。
と想像していた。

そんな憧れのキャンティに、

私を、はじめて連れて行ってくださったのも、
森さんでした。

「デザートにはね、洋ナシのタルト、カルバドス、
そしてエスプレッソの組み合わせが最高よ」

そんなことも教わった。

いまでは書店で森さんの本を見つけることも、
難しくなったけど、

ときどき読み返すと、
ああ、やっぱり、男と女の危ういお話を書かせたら、
森さんは天下一品!と思う。

そんなわけで、

もう、100万回読んだわ、
という人は、もう一度、UPするですよーーーー。

むふっ。

〜〜〜【森瑤子は、私たちの恋の永遠のバイブル】〜〜

先日、ある濃い生き方をしている女友達と、我が家で鴨鍋をつつきながら、

ガールズトーク(って言ってもいいかしらん?この年で)を炸裂させておりました。

まあ、だいたいが、

このアイケアで目尻のシワが2本減ったよ、とか、

やっぱり私ら、ザクロもんを摂取せなあかんよね、

とか、最後はお決まりの健康話・・・。

もはや、健康雑誌「安心」の世界じゃないかっ。・

これじゃあ、ババーズトークじゃないかっ(ひえええーっ)

昔は、彼女と話すことといえば、

かなわぬ、せつない恋の話しや、ダメンズに吸い寄せられるのはなんでかとか、

男は、やっぱりイケメンはあかんなぁとか、

そんな話ばかりでしたが・・・・

最近、この手のトピックは、皆無。

ってどう?かなしーーーーーーー。

女子力、著しく低下っ。がーんがーんがーん。

でも、私達がこれまで、ファッションで最も影響を受けた人とか、

この人の恋愛観には激しく心動かされたよね〜、

この人の女の一生は参考になるっすよね〜というような話も出て、

盛り上がりました。

わたしのファッションのお手本といえば、断然、ジャッキーです。

グレース・ケリーがどれだけ素敵と言われても、

ヘップバーンがほんとにかっこいいと言われても、

私の中では、ジャッキー一筋。

ファッションもそうですが、その生き方のビッチ加減もハンパない(好きだわー)

いやあ、彼女ほどアメリカで愛されているビッチはいないよね。

わたしがアメリカ東海岸に足繁く通いつめることになった、

いちばんの理由が実は、ケネディーなんですが

ボストンをはじめとする、ニューイングランド地方には、

ジャッキーとケネディーが愛した海辺の町やサマーハウスがあって、

それがとても素敵だった。

特に好きだったのは、ロードアイランド州にあるハマースミスファームという

別荘。

ジャッキーの叔父さまが所有していたのどかな海辺のサマーハウスなのですが、

ここでケネディーと結婚式をあげたのよね〜。

いや、今日はこの話ではなく(ええ、余談っ?)このことについてはまた、詳しく書くであります。

「奥様は魔女」のサマンサのファッションも大好きです。

そういえば、私が愛してやまない、レジィーナ ロマンティコの

お洋服には、

ジャッキーが好んで着たスーツスタイルや、

1960年代の女優が着ていたクラシックスーツ、

バービーやサマンサのファッションテイストがその根底にあって、

だからわたしをこんなに引き付けるのだな・・と思います。

そういえば、

映画「愛と哀しみの果て」のメリル‥ストリープのスタイルも、

めっちゃ好きでした。わたしの大好物のラルフ・ローレンでしたっけ。

ま、ファッションや、どすこい女の一生に関して、
CHANELも相当なもんですが、

彼女については、またこんど(えーーーーーーーーーーーっ?!)

で、二人の間で、意見が完璧に一致したのは、

やっぱり森瑤子は、私達の恋の永遠のバイブルよね〜っっ!!!〜

ってこと。

森瑤子さんの話を書くと、いまも、本当にたくさんの方たちから反響があります。

彼女の書く小説やエッセイ、そして生き方が、

どれほど私達女子の人生に、影響を与えてきたことか。

それをいま、改めて感じるのであります。

私は森瑤子さんに取材したのがきっかけで、

プライベートでも、とても可愛がっていただきました。

そのあたりのことは、こちらに書いています。

亡くなったときは、本当にショックだった・・・

森さんは生前いつも「いちばん悲しいのは忘れられた女。わたしのこと、忘れないでね」

とおっしゃっていたし、エッセイにも何度も書かれていました。

でも、森さん、あなたのことはぜったい忘れない。

いえ、忘れられないです。

彼女について、書きたいことはそれこそ、ナイアガラの滝ぐらい

ありましたが、亡くなった方のことをあれこれと書くのは・・・・と

なんとなく気が進まなかったの。

でも、もういまなら、書いてもいいかな?と思います。

彼女は京都が好きで、週末新幹線でふらりとやってきて、

「一杯つきあって」と連絡があったりして、

わたしも大阪から新幹線で、

急いで、京都まで駆けつけたことも、なつかしい思い出。

この話はわたしのエッセイでも何度か書いてるけど、

「好きな男とのお食事では、3回目に何もなかったら、

あとはただのお友達になっちゃうわよ、壱子さん」

ってあの黒目がちの魅惑的な瞳でじっと見つめながら、

言われて、あわわわわーっとなったこともいい思い出。

彼女のハイブランドとのつきあい方も大好きでした。

南の島で真っ黒に日焼けした森さんがその日着ておられたのは、

肩の開いた、真っ白のワンピース。

そこに涙の粒のようなダイヤモンドのペンダントがひとつ。

腕にはゴールドのロレックス。

なんて、カッケーーんだっ!とわたしは痺れたね。

そのときから、わたしもぜったい金無垢のロレックスを買う!と

心に決めた。

2年後に買えたときは、ほんとにうれしかった。

ヴィトンのバッグを持つときは、「最初から古い感じで持ちたいじゃない?」

とリサイクルショップで買うような人でした。

ああ、森さんのエピソードを語りだすと、キリがないので、このへんで。

というより、いままで書きたくて書けなかったこと、

これからおいおい書こうと思います。

そうそう。森さんと一緒に撮った写真、こんなのが出てきました。




ポラロイドだし、ボケボケですけどね。

週刊文春に「男と女の話」でエッセイを書かれていたときで、

その連載の出版記念で、

六本木の某レストランで、パーティに呼んでもらったときのもの。

なぜなら、森さんのこのエッセイに、

ちらっとわたしの大昔の風林火山体験などを

を提供したからです(笑)

いやあ、わしの顔、なんてすっとこどっこにのーてんきなんでしょう。

あ、森さん、ロレックスしてます。

もう一枚も、同じパーティの写真ですが、

ほんとこの頃、何の悩みもなかったのね・・・って

ぼやけた顔です。

って、いったいいつ頃ーーーーっ。

たぶん、白亜紀の頃かしらん?

メイクもドン引きな古さじゃないっすかー(ひえーーーーっ)

でも、私にとっては、

森さんとの思い出を語る、とっても大切な写真です。


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by madamregina | 2014-04-20 11:44 | 男と女の話

修羅場の愛に生きる人々   

2013年 07月 01日
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※写真は本文とは関係ありません・・



某日、お友達から修羅場な愛の報告が・・・

ひええええーーーーー。


久々です。こんなに濃い愛の話を聞くのは・・・

だってみんな、最近さめてない?恋に_

そんなわけで、

私が200年前に書いた、某雑誌に連載していた、

こんなエッセイ。



読んでもらっても、いいかな?(笑)


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         【修羅場の愛に生きる人々】



最近、激しい恋をしている人にあまり出会わなくなった。
たとえば、三角関係のもつれから相手の女の家に怒鳴り込みにいったり、とかね。

そんな修羅シュシュシュな話はトンと聞かない。

ちょっと前までは必ずいたんです。

修羅場の愛に生きるやつらが。


彫刻家のY男君は「夜、家に帰るのがコワイねん」といつも言ってた。

暗闇で女に待ち伏せされて、バットで殴られそうになるなんてしょっちゅう。

人妻と逃避行を企てた小豆島(しょぼい)の旅館で、
元レスリング部のオットに乗り込まれて、殺されそうになったこともあった。

いい加減オンナの交通整理してチョーダイ、と思ったけど、

アーティストである彼はそんな修羅場の愛がなければ、

自己の存在理由を見つけられないみたいだった(大袈裟やなー)。

「でもオレ、いつ女に殺されてエエと思って生きてるねん」なんて、

色男ぶってたが、確かに彼には、女をどこかでぞくぞくさせる、

ある種の強烈なオスの匂いと哀愁があったわね。


私はというと、自慢じゃないが、

これまで真剣につきあって来た男たち全員から、

殴られたり、夜の公園(なんでや?)で追いかけられたりしてきた。

ベッドの上に、バケツで水をかけられたこともある。

もちろん、私だってジェラ度MAXで錯乱状態になり、

男の家に夜中にタクシーで乗りつけたりするのは、日常茶飯事。


5年越しの宿命のライバルもいた。




その子とは昔から知り合い(ひーーー)

いまから思うと信じられないけど、

その女の子の家に電話をかけたりして、

「もうあいつとは会わんといてくれる?」と言ったり(えーーーっ)

でも相手も負けてなかった。

「あなたこそ、会わんといてくれる?」

と言い返されたりした。


そんなある日、地下鉄で偶然、彼女と出くわした。


でも不思議と怒りは湧いてこず、

なんだか昔の友達に会ったみたいな、懐かしさが先にたった。

彼女は私のほうに歩み寄ってくると、
「まだ彼とつきあってるの?」と聞く。

かなり切羽詰った様子だった。

わたしはなんか気の毒になりながらも、「うん」と答えた。

すると突如
「わかった。私はもう別れるわ」

と決然と言い放って、別の車両へと歩き出した。

わたしは思わず、その背中に、

「ちょっと待ってよ」と言いそうになった自分にびっくりした。


彼女とデッドヒートを繰り広げていたからこそ、

あの恋は輝いていたんだ!

はじめてそのことに気がついた。



そういえば、あの頃、プライドなんか捨てまくって、
メチャクチャカッコ悪いことしてきたな。

でも何だか、今より人生が濃密だった気がする。

あの頃のわたしの「バカ力」はいったいどこからきていたのだろう。


それにしても、もがきながら、

戦った男たちも女たちも、みな思いっきりナマの人間の姿を見せてくれた。

今の私なら、つき合ってる男に、もし誰か別の女の気配を感じても、

ただ黙って退散するだろうよ。

嫉妬でむき出しの心なんか見せても、相手は引くだけ。
第一カッコわるいやん。

今の私の背骨はそんな薄っぺらなプライドでできている。

でも男と女は、内臓と内臓をすり合わせるぐらい接近しなければ、

本当の愛なんて見つけられやしない。

魂レベルでの関係が築けなくて、何のための人生だろう。

どっかに、プライドで凝り固まったわたしの背骨を

「そんなもん、骨せんべいにして食べたるわ」

と激しく愛してくれるオトコはいないもんでしょうか?

あふあふ。

by madamregina | 2013-07-01 20:40 | 男と女の話