我がNYのレストラン狂時代   

2005年 02月 05日

日頃は11時ごろまでベッドでぐだぐだしてる

なまけものの私ですが、NYでは非常に規則正しい生活ざんす。

今日なんか、朝6時に目覚めたわ。

6時半ごろから、やっと

セントラルパークも目覚めてプルシャンブルーに染まりだします。



昨日、食べにいったジョーズ上海は最悪だった!

チャイナタウンにあるお店は美味しかったのに。

クライアント連れていったのにさー。

面目丸つぶれじゃないっすか?

みなさま、申し訳ございませんでした。



実はトライベッカのブーレーを予約してたんだけど、

なんかもう、3時間かけて(ここはそれぐらいかかる)フレンチ

食べるのもなんだかなーと思ってキャンセルしたのが、

間違いだったわ。

まお値段は天と地の差があるけどね。



ブーレーといえば思い出すのは、ZAGATでぶっちぎりの

快進撃を飛ばしていた90年代だ。

この店の予約を取るのはローマ法王に会うより困難とされていて、

私は、ブーレーのプラチナシートをゲットすることを

マジで、人生の全ての目的!とさえ信じていたことがあったぐらい、

死ぬほど魅惑的な店だった。

(なんちゅーアホでしょうね。あの頃は胃も元気でした)

夜中の12時過ぎに、ブラックタイとソワレの美しいカップルが

食事に来るような店でした(そんな時間しか予約取れなかったから)



日本から予約の電話をするといつもビジー状態。

繋がっても「ホールドオン」といわれて、国際電話なのにさー。

でも切れません。こんどいつ繋がるかわかんないから。

このラインだけが生命線って感じで受話器握り締めてたわよ(って大袈裟)。

後半はオーナーシェフのデビッド・ブーレーと

(NYタイムズが「彼は神だ」とたたえたNYNO1のスターシェフ)

仲良くなって、キッチン直通の電話を教えてもらったけど、

いつもいっそがしい時間に「デビッド、予約を取って」と言われるのは

さぞかし迷惑なことだったに違いない。

でもデビッドはいつも和やかで優しくて、だからブーレーの料理には

彼の人柄がそのまま出ていて、食べる人すべてをシアワセにしたんだろう。





やっと予約が取れたある冬の日、その日はあいにくの大雪で、

マンハッタンの交通網さえ麻痺しそうな悪天候。

50センチほど雪が積もって、車で前まで行っても、

長靴はかなければ、歩けないってほどの雪。

きっとブーレーもキャンセル続出だろうなーと思って

古びた木のドアを開けて入ると、すっごい喧騒。

ふだんはクールなメートルのドミニコが

「一組のキャンセルもなかったよ」とめちゃうれしそうな顔してたのも

印象的。

私も、バーニーズで買ったドレスでお洒落してたけど、

足元は長靴・・・。



ここではいつも

男も女も着飾って映画のようなシーンを繰り広げてました。

それにしてもあの頃のブーレーはほんとに夢のように美しかったわ。

ティファニーのブルーの箱やキスや涙や、

ケンカや愛があちこちのテーブルで飛びかっていて・・。

食事の途中で言い合いして、泣きながら席を立った女の子がいたり。



ニューヨークの恋人たちはここでドラマを作ってたっていう、そんな店。

いまのNYは好景気で新しいレストランも続々出来てるけど、

あの頃のブーレーのような店はもうない。

それに、いま新しく生まれ変わったブーレーにさえ、あの頃の面影はない。

ちなみに2005年のZAGATではベルナルデンが王者に君臨してます。

ティム&ザガット夫妻が好きなフレンチだから、まあ、しょうがないのかな?



朝食ミーティングまで時間があるので、思わず昔の思い出に

浸ってしまった私です。



それにしても、昨日逃したマノロは大きかった。

ああああ、あの靴さえあれば、パーフェクトだったのにぃいぃぃ。

by madamregina | 2005-02-05 00:47 | NY